はんぴき

明日から本気出す(出さない)

#0 実は幼稚園から始まっていた

どうも。本当は面接の練習でもしている方が良いのでしょうが、現実逃避でキーボードを打つ手が動いてしまいます。なので今回は新設した不登校カテゴリーを埋めてみようと思います。

私は中学まで不登校でした。

といっても無事高校デビューなんて出来るわけがなく、デビューすらしない通信校を選びました。常に妥協街道を進みます。

で、ふと疑問に思ったのです。「いつから不登校なんだ?」と。なので今回はその記憶を辿ることにします。

ちょっと畳みます。

 

まぁ言ってしまうと、幼稚園から少しずつ始まっていたと思います。我ながら呆れますが…。

幼稚園の記憶は、おおよそ「いつも青い鼻水を垂らしている男子」と「掃除している先生を邪魔してクラス全員で怒られた」ことと、「年長の時、運動会の練習が嫌で幼稚園の敷地外からその様子を母と見に行った」ことです。まぁ思い出したらキリがないですがね、数珠玉作ったりね。

で、最後の運動会練習が「ファースト不登校(園)」なのではないかという話です。

現在の私は、集団耐性とコミュニケーション力を全く身につけることなく生きていますが、実は集団耐性は幼稚園の時から無かったのではないかという説があります。

運動会のプログラムのひとつに、組体操がありました。鮮明に覚えていないので憶測ですが、組体操の一連の流れが覚えられず、グラウンドにポツンと一人取り残されるのが怖かったのでは?という説があります。その後、練習に行きたくない私は幼稚園の敷地外からその様子を母と見た、気がします。

気がする、というのはこう書いていると「実は作った記憶なのでは」という疑問が浮かんできてしまったからですが。

しかし不思議なことに、幼稚園の卒園アルバムには笑顔で運動会に参加している幼い私が写っています。ちゃんと参加できているのは練習に戻れたのでしょうね。う~ん、記憶がありません。

・・・

翌年、私は小学校へ入学します。初めて入った体育館は、とても大きく不安になるほどだったと思います。

クラスは2つ、私は1年2組。1組の担任は怖い風貌のババアおばあちゃん、それに比べ私の担任は40代のおばさん。ああこのクラスで良かった、と安堵したのです。

まあ、それは間違いだったのですが。

次回は私がホンマモンの不登校児になりま~す。ではでは。